DXに不可欠なデジタル人材とは?育成方法や企業事例を紹介

近年、企業のDX推進や生成AIの普及などにより、より高度な知識とスキルを持ったデジタル人材を確保する動きが加速しています。
そして、外部登用だけでなく、自社でデジタル人材を育成しようとする企業も徐々に増えています。しかし、デジタル人材の育成には組織全体での戦略的アプローチが欠かせません。

 

そこで本記事では、デジタル人材の概要、育成する方法やポイント、企業の取り組み事例などを紹介します。


▶記事監修者:髙橋 和馬氏
IKIGAI lab.オーナー/富士フイルムビジネスイノベーション株式会社

生成AI社内推進者や実践者が集まるコミュニティ「IKIGAI lab.」のオーナー。NewsPicksトピックスをはじめ、インプレスThinkIT、こどもとITで生成AI記事を連載。その知見をもとにイベント開催や企業での講演実績も多数。社内では海外工場で新商品立ち上げや人材育成に加え、生成AIを活用した営業プロセスや製造業の業務改革に着手。



デジタル人材とは

デジタル人材は、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する中核として、最新のデジタル技術を駆使してビジネスに新たな価値を創造する役割を担います。単なるIT技術者とは異なり、技術とビジネスの両面を理解し、組織全体のデジタル変革を牽引する存在です。

 

特に、生成AIの急速な普及により、デジタル人材に求められるスキルセットも大きく変化しています。プロンプトエンジニアリングやAIツールの効果的な活用など、新たな技術への適応力も重要な要素となっています。

 

デジタル人材に求められる能力は、大きく分けて「ハードスキル」と「ソフトスキル」の2つがあります。ハードスキルとしては、AI、IoT、クラウド、データ分析などの技術的な知識や実装能力が必要です。一方、ソフトスキルとしては、ビジネス課題の分析力、プロジェクトマネジメント能力、そして組織を巻き込むためのコミュニケーション能力が求められます。

 

さらに、デジタル人材には「価値創造者」としての役割が期待されています。既存のビジネスプロセスをデジタル化するだけでなく、デジタル技術を活用して新しいビジネスモデルを創出し、企業の競争力を高めることが求められるでしょう。例えば、バーチャルヒューマンを活用したAI面接などが挙げられます。


デジタル人材とIT人材の違い

デジタル技術の急速な進歩に伴い、企業が求める人材像も変化しています。特に注目されているのが「デジタル人材」と「IT人材」です。一見似ているように思えるこの二つの人材ですが、実は重要な違いがあります。

 

デジタル人材は、最新のデジタル技術を駆使して企業に新たな価値をもたらす役割を担います。彼らは単にテクノロジーを理解するだけでなく、それを活用してビジネスモデルを変革し、顧客体験を向上させる能力を持っています。例えば、AIやビッグデータを活用して新しいサービスを開発したり、IT技術を用いて業務プロセスを最適化したりすることなどです。

 

一方、IT人材は主にITシステムの導入や運用、保守を担当します。彼らの役割は、企業の情報インフラを支え、日々の業務をスムーズに進行させることです。例えば、社内ネットワークの構築やセキュリティ対策、データベース管理などが主な業務となります。

 

両者の大きな違いは、ビジネスへの関わり方にあります。デジタル人材は、技術とビジネスの橋渡し役として、経営戦略に直接関与することが期待されます。彼らには、高度な技術スキルだけでなく、ビジネス感覚やコミュニケーション能力、リーダーシップなども求められます。


デジタル人材とDX人材の関係

デジタル技術の急速な進化に伴い、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速しています。この流れの中で、デジタル人材とDX人材という2つの概念が注目を集めており、その役割や求められるスキルには明確な違いがあります。

 

DX人材は、組織全体のデジタル変革をリードする立場にあり、強いリーダーシップが必要です。彼らは企業のビジョンを理解し、デジタル技術を活用してビジネスモデルや組織文化を変革する役割を担います。DX人材には、技術的な知識だけでなく、経営戦略やチェンジマネジメントのスキルも不可欠です。

 

一方、デジタル人材は、より技術面に特化した専門家と言えるでしょう。彼らは最新のデジタル技術に精通し、それらを駆使して具体的なプロジェクトを遂行します。AI、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどの先端技術を活用し、実際のシステム開発やデータ分析を行います。デジタル人材の強みは、高度な技術力と実装能力にあります。

 

両者の関係性を例えるなら、DX人材は航海の舵取り役、デジタル人材は船を動かすエンジニアのようなものです。DX人材が全体の方向性を定め、デジタル人材がその実現に向けて技術的なソリューションを提供するという構図です。

 

しかし、実際のビジネス現場では、この2つの役割が明確に分かれているわけではありません。多くの場合、両者のスキルセットは重複し、相互に補完し合う関係にあります。例えば、DX推進のリーダーであっても、ある程度の技術的バックグラウンドが求められますし、デジタル技術の専門家であっても、ビジネス戦略を理解し、他部門と協働する能力が必要です。


デジタル人材が必要とされる背景

企業を取り巻くビジネス環境は、デジタル技術の急速な進化により大きく変化しています。そして、生成AIの普及により、デジタル人材の必要性がさらに高まっています。

 

近年、デジタル人材が必要とされるようになってきた背景には、以下が挙げられます。

●   生成AIの利活用が拡大
●   技術革新がもたらすビジネス変革
●   DX推進による市場競争力の向上
●   労働人口減少とデジタル人材不足

 

このような環境下で企業が競争力を維持・向上させるためには、デジタル人材の確保と育成が不可欠です。特に、生成AIの本格利用を目指す企業も増えており、デジタル人材の重要性は一層高まっていくでしょう。


生成AIの利活用が拡大

生成AI技術は、ビジネス環境に革新的な変化をもたらしています。世界の生成AI市場は2023年の106億ドルから2030年には2,110億ドルへと、約20倍の成長が予測されており、その影響力は様々な業界に及んでいます。

 

製造業では、生成AIを活用して製品開発のプロセスを効率化することが可能になりました。例えば、生成AIによる設計案の自動作や、製品の外観シミュレーションなどが挙げられます。また、品質管理の分野でも、画像認識AIによる不良品検出の精度が向上し、製品の品質向上に貢献しています。

 

金融業界では、市場分析や投資判断への活用が進んでいます。生成AIによる大量の金融データの分析により、より精度の高い市場予測が可能となり、リスク管理の強化にもつながっています。また、カスタマーサービスの分野では、AIチャットボットによる24時間対応の顧客サポートが可能となりました。

 

小売業においては、接客支援ツールとしての活用が広がっています。商品レコメンデーションの精度向上や、顧客の購買行動分析による売り場レイアウトの最適化など、顧客体験の向上に貢献しています。

 

しかし、これらの生成AI技術を効果的に活用するためには、高度な知識と技術を持つデジタル人材の存在が不可欠です。特に、プロンプトエンジニアリングやAIモデルのファインチューニングなど、専門的なスキルを持つ人材の需要が急増しています。

 

参考:JEITA「生成AI市場の世界需要額見通しを発表」


技術革新がもたらすビジネス変革

デジタル技術の急速な進化は、ビジネス環境を根本から変えつつあります。AIやIoT、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどの先端技術は、企業に新たな可能性を提供すると同時に、従来のビジネスモデルの再構築を迫っているからです。

 

この変革の波に乗り遅れないためには、企業はデジタル技術を戦略的に活用し、競争力を維持・強化する必要があります。

 

例えば、製造業ではIoT センサーを活用した予知保全システムの導入により、機器の故障を事前に予測し、ダウンタイムを最小限に抑えることが可能になりました。小売業では、AIを用いた需要予測により、在庫管理の最適化や顧客ニーズに合わせた商品開発を実現しています。

 

さらに、データ分析を活用した意思決定の重要性が増しています。膨大なデータから有益な洞察を導き出し、それを経営戦略に反映させることが、企業の持続的成長には不可欠です。例えば、顧客の行動データを分析することで、よりパーソナライズされたマーケティング施策を展開したり、業務プロセスのデータを分析して効率化を図ったりすることが可能になります。


DX推進による市場競争力の向上

デジタルトランスフォーメーション(DX)は、企業の競争力を飛躍的に高める重要な戦略として注目されています。DXとは、単にデジタル技術を導入するだけではなく、それを活用して企業の事業モデルや組織文化を根本から変革することを意味します。この変革により、企業は市場での優位性を確立し、持続的な成長を実現できる可能性が高まるでしょう。

 

DXの推進によって、企業は業務プロセスの効率化と顧客体験の向上という二つの大きな利点を得ることができます。

 

例えば、AIやIoTを活用することで、製造業では生産ラインの最適化や予知保全が可能となり、生産性の向上とコスト削減を同時に達成できます。小売業では、ビッグデータ分析により顧客の購買行動を詳細に把握し、パーソナライズされたマーケティング施策を展開することで、顧客満足度と売上の向上につながります。

 

しかし、DXを成功させるためには、旧式のレガシーシステムからの脱却が不可欠です。多くの企業が抱える古い基幹システムは、新しいデジタル技術との統合が難しく、DXの障壁となっています。経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」は、このレガシーシステムの問題に起因しています。


労働人口減少とデジタル人材不足

日本の労働市場は、深刻な課題に直面しています。少子高齢化の進行により、労働人口が急速に減少しており、この傾向は今後も続くと予測されています。特に、デジタル技術の急速な進歩と普及に伴い、高度なデジタルスキルを持つ人材の需要が急増していますが、その供給が追いついていないのが現状です。

 

総務省の統計によると、日本の生産年齢人口(15〜64歳)は2020年の7,406万人から、2040年には5,978万人まで減少すると予測されています。この人口減少は、あらゆる産業に影響を及ぼしますが、特にデジタル分野において、その影響は顕著となります。

 

デジタル人材の不足は、単に人口減少だけが原因ではありません。技術の進化スピードが非常に速く、教育機関や企業の人材育成が追いついていないことも大きな要因です。AI、IoT、ビッグデータなどの先端技術が次々と登場し、それらを使いこなせる人材の需要が急増していますが、そのスキルを持つ人材が少ないのが現状です。

 

さらに、多くの企業がデジタル人材の育成に十分な投資を行っていないことも問題です。経済産業省の調査によると、日本企業のデジタル人材育成への投資は、欧米企業と比較して著しく低い水準にあります。この投資不足が、既存の従業員のスキルアップを妨げ、結果としてデジタル人材の不足を加速させています。

 

参考:総務省「第1部 特集 デジタルで支える暮らしと経済」

参考:経済産業省「デジタル時代の人材育成施策に関する調査」


デジタル人材やDX人材を育成する方法

デジタル技術の急速な進化と少子高齢化による労働人口の減少が同時に進行する中、企業にとってデジタル人材やDX人材の育成は喫緊の課題となっています。

 

デジタル人材やDX人材を育成する主な方法としては、以下が挙げられます。

●   社内研修プログラムの整備
●   外部講座の活用
●   OJTと実務経験
●   リスキリングの推進
●   適材適所への配置転換
●   育成成果の可視化
●   インセンティブ制度の導入

 

しかし、多くの企業では人材育成への投資が不十分であり、効果的な育成方法の確立に苦心しているのが現状です。

 

デジタル人材育成は一朝一夕には実現できませんが、長期的な視点を持ち、全社的な取り組みとして推進することが成功のポイントになるでしょう。


社内研修プログラムの整備

デジタル人材の育成において、効果的な社内研修プログラムの整備は不可欠です。

 

まず、自社の専門家を講師として活用することが、実践的なスキル習得に大きく役立ちます。社内の専門家が講師となり、AIやデータ分析などの最先端技術について、実際の業務に即した形で講義を行うことで、社員は理論だけでなく、実務での応用方法も同時に学ぶことができるでしょう。

 

さらに、社員のスキルレベルに応じた段階的な研修プログラムの提供も重要です。社員が自身のレベルに合わせて学習を進められるようにすることで、社員は無理なく着実にスキルアップを図ることができます。

 

また、研修内容を定期的に更新し、最新のデジタルトレンドを反映させることも忘れてはいけません。技術の進化が急速なデジタル分野では、1年前の知識が既に陳腐化している可能性があるからです。


外部講座の活用

デジタル人材の育成において、社内リソースだけでは最新のデジタル技術や知識を網羅的に学ぶことが難しい場合があります。そこで、外部講座を活用することで、より専門的かつ最新の知識を効率的に習得できます。

 

外部の専門機関と連携することで、高度なデジタル技術を学ぶ機会を提供し、最新技術に触れる場を設けることが可能です。例えば、大学や研究機関との産学連携プログラムを通じて、AIやブロックチェーンなどの先端技術について学ぶことができます。これにより、社内だけでは得られない幅広い視点や最新の技術動向を把握できるでしょう。

 

また、eラーニングを活用することで、時間や場所に制約されずに学習できる環境を整備できます。多くの外部講座提供企業がオンデマンド形式の講座を用意しており、受講者は自分のペースで学習を進めることが可能です。これは特に、業務と並行して学習を進める必要がある社会人にとって大きなメリットとなります。


OJTと実務経験

デジタル人材の育成において、OJT(On-the-Job Training)と実務経験は非常に重要な役割を果たします。

 

OJTは、実際の業務環境で行われる教育手法です。デジタル人材の育成においては、実際のプロジェクトに参加させることで、リアルな業務を通じてスキルを磨くことができます。例えば、AIやビッグデータを活用したプロジェクトに新人を参加させることで、座学では得られない実践的な知識やスキルを習得させることが可能です。

 

経験豊富な社員とともに働くことで、ノウハウや知識を直接学ぶ機会を提供することも、OJTの大きな利点です。デジタル技術は日々進化しているため、最新の技術動向や実務での応用方法を、経験者から直接学ぶことは非常に効果的だと言えます。

 

一方で、OJTだけでなく、実務経験を積むことも重要です。実際のプロジェクトに責任を持って取り組むことで、技術的なスキルだけでなく、プロジェクト管理やコミュニケーション能力など、デジタル人材に求められる総合的なスキルを磨くことができるでしょう。


リスキリングの推進

デジタル時代の到来により、企業は急速な技術革新と市場変化に直面しています。この環境下で競争力を維持し、成長を続けるためには、従業員のスキルを継続的に更新し、新しい技術や業務に適応させる必要があります。そこで注目されているのが「リスキリング」です。

 

リスキリングとは、社員が新しい技術や業務に対応できるよう、職業能力を再開発する取り組みのことです。

 

効果的なリスキリングを推進するためには、まず企業が明確なビジョンと戦略を持つことが重要です。どのような人材が必要で、どのようなスキルを獲得すべきかを明確にし、それに基づいた教育プログラムを設計する必要があります。

 

具体的な施策としては、eラーニングシステムの導入が挙げられます。時間や場所の制約なく学習できるeラーニングは、忙しい社会人にとって非常に有効なツールです。また、AIを活用した個別最適化学習システムを導入することで、各社員の学習進捗や理解度に合わせたコンテンツを提供することも可能になります。

 

社内でのプロジェクト型学習も、リスキリングの有効な手段です。実際の業務課題をテーマにしたプロジェクトに取り組むことで、座学で得た知識を実践的なスキルへと昇華させることができます。また、部署横断的なプロジェクトを組むことで、組織全体のデジタル化意識を高めることも可能です。


適材適所への配置転換

デジタル人材の育成において、適材適所への配置転換は非常に重要な戦略です。研修で得た新しいデジタルスキルを実務で活かし、さらに磨きをかける機会を提供することは、デジタル人材の成長に不可欠だからです。

 

例えば、データ分析の研修を受けた社員を、マーケティング部門や事業戦略部門に配置することで、実際のビジネスデータを扱いながらスキルを向上させることができます。また、プログラミングスキルを習得した社員を、新規サービス開発チームに配属することで、理論と実践を結びつけた学習が可能になります。

 

しかし、配置転換は単にスキルのマッチングだけでなく、社員の将来のキャリアビジョンを考慮に入れることも重要です。例えば、AIに興味を持つ社員を、将来的にAI開発リーダーとして成長できるようなポジションに配置するなど、長期的な視点での人材育成が求められます。

 

また、配置転換を成功させるためには、受け入れ側の部署の理解と協力も不可欠です。新しいスキルを持った社員を迎え入れる部署には、その社員の成長をサポートする体制を整えてもらう必要があります。メンター制度を導入したり、定期的なフィードバック面談を設けたりすることで、スムーズな適応と継続的な成長を促すことができるでしょう。


育成成果の可視化

デジタル人材の育成において、その成果を可視化することは非常に重要です。育成成果の可視化は、投資対効果を明確にするだけでなく、社員のモチベーション向上や、より効果的な育成プログラムの設計にも繋がります。

 

まず、社員のスキルレベルや成長度合いを定量的に評価することが重要です。例えば、デジタルスキルマトリックスを作成し、各スキル項目について5段階評価を行うなど、具体的な指標を設定することが有効です。これにより、個々の社員の成長を客観的に把握することができます。

 

さらに、定期的なスキルアセスメントを実施することで、時系列で成長を追跡することが可能です。例えば、四半期ごとにオンラインテストを実施し、スコアの推移を可視化するといった方法が考えられます。これにより、育成プログラムの効果を数値で示すことができ、経営層への報告や予算獲得の際の強力な根拠となるでしょう。

 

定期的なフィードバックも、育成成果の可視化において重要な役割を果たします。上司や先輩社員との1on1ミーティングを定期的に設け、成長ポイントや改善点について具体的なフィードバックを行うことで、社員自身が自己の成長を実感し、次の目標設定に活かすことができます。


インセンティブ制度の導入

効果的なインセンティブ制度は、社員のモチベーション向上や自己啓発の促進につながり、結果として組織全体のデジタル競争力を高めることができます。

 

まず、資格取得に関するサポートは、多くの企業で採用されている基本的なインセンティブです。例えば、AWS認定ソリューションアーキテクトやGoogle Cloud認定プロフェッショナルデータエンジニアなど、デジタル分野の重要な資格の取得費用を全額または一部補助する制度を設けることで、社員の学習意欲を高めることができるでしょう。

 

さらに、資格取得を人事評価に反映させることで、キャリアアップへの明確なパスを示すことができます。

 

また、デジタルプロジェクトで成果を上げた社員に対して報奨金を支給する制度も効果的です。例えば、AIを活用して業務効率を大幅に改善したプロジェクトチームや、新しいデジタルサービスの開発に成功したチームに対して、特別ボーナスを支給するなどの方法が考えられます。これにより、イノベーションへのチャレンジ精神を促進することができます。

 

さらに、デジタルスキルの向上度合いに応じて給与やポジションを見直す制度も導入可能です。例えば、一定レベルのプログラミングスキルを習得した社員に対して、給与のアップグレードを行うなど、具体的なキャリアパスと報酬をリンクさせることで、継続的な学習意欲を維持できます。


デジタル人材育成に欠かせないポイント

デジタル人材を育成するには、先ほど挙げた具体的な方法とともに、より戦略的に人材育成を行う必要があります。

 

そのためには、以下のポイントを踏まえて人材育成を進めていくと効果的でしょう。

●   生成AIの活用スキルを包含
●   多様なスキルセットの開発
●   デジタル文化の醸成
●   経営層によるリーダーシップ
●   自主学習の促進

 

これらのポイントを取り入れながら、具体的な育成方法を実践していくことで、より高度なスキルや人間力を身につけた人材を育成できる可能性が高まります。

 

そのためには、現場の社員だけでなく、経営層も含めた全社的な取り組みが重要です。


生成AIの活用スキルを包含

生成AIを効果的に活用するためには、まずプロンプトエンジニアリングのスキルが不可欠です。これは単なる指示出しではなく、各業界や職種特有の専門知識を組み込んだプロンプト設計能力を意味します。

 

例えば、マーケティング部門では顧客心理や市場動向を考慮したプロンプト、法務部門では法律用語や判例を適切に反映したプロンプト、人事部門では採用基準や評価指標を織り込んだプロンプトなど、分野ごとに異なる専門性が求められます。

 

また、生成AIをビジネスパートナーとして活用する能力も重要です。AIの出力結果を鵜呑みにするのではなく、専門家の視点で内容を検証し、必要に応じて修正や改善を加えるピアレビューのプロセスを確立する必要があります。このプロセスを通じて、より質の高い成果物を生み出すことが可能になります。

 

さらに、特定分野に特化した生成AIモデルの活用スキルも求められています。汎用モデルよりも専門性の高いAIモデルを使用することで、より深い知識と正確な情報を引き出すことが可能です。例えば、医療分野では専門的な医学知識を持つAIモデル、金融分野では市場分析に特化したAIモデルなど、業界特有のニーズに対応したモデルの選択と活用が重要になります。


多様なスキルセットの開発

デジタル人材に求められるスキルは、技術的な専門知識だけでなく、ビジネス理解力や創造的問題解決能力、そしてリーダーシップなど、多岐にわたります。これらのスキルをバランスよく育成することが、真に価値のあるデジタル人材を生み出す鍵となります。

 

まず、技術スキルとビジネススキルの融合が重要です。例えば、AIやビッグデータの知識を持つだけでなく、それらをビジネス戦略にどう活かすかを考えられる人材が求められます。このため、技術研修とビジネス研修を組み合わせたハイブリッドな育成プログラムの導入が効果的です。

 

次に、創造的問題解決能力の強化も欠かせません。デジタル技術の進化は新たな課題を生み出し続けるため、従来の枠にとらわれない発想力が必要です。この能力を育むには、デザイン思考ワークショップやハッカソンなどの実践的なイベントを定期的に開催し、社員が自由に発想し、アイデアを形にする機会を提供することが有効でしょう。

 

さらに、プロジェクト管理とリーダーシップスキルの育成も重要です。デジタル変革プロジェクトは複雑で、多くのステークホルダーを巻き込む必要があります。そのため、アジャイル開発手法やチェンジマネジメントに関する研修を実施し、プロジェクトを成功に導くスキルを磨くことが大切です。


デジタル文化の醸成

デジタル人材の育成を成功させるには、組織全体のデジタル文化醸成が不可欠です。デジタル文化とは、単にデジタル技術を導入するだけでなく、組織全体がデジタル思考を持ち、変化に柔軟に対応できる状態を指します。

 

そのため、デジタル人材育成を全社的な取り組みとして位置づけることで、社員の意識改革を促進できます。例えば、定期的なデジタル戦略会議を開催し、各部門のデジタル化の進捗を共有・議論する場を設けることが効果的です。

 

次に、失敗を恐れない文化の醸成が必要です。デジタル技術の活用には試行錯誤が伴いますが、失敗を学びの機会と捉え、積極的にチャレンジする姿勢を評価する仕組みを整えましょう。具体的には、デジタル関連のアイデアコンテストを開催し、革新的な提案を表彰するなどの取り組みが考えられます。

 

また、部門横断的なコラボレーションを促進することも重要です。デジタル変革は一つの部門だけでは達成できません。異なる専門性を持つ社員が協働し、新しい価値を生み出す機会を増やすことが大切です。例えば、デジタルプロジェクトにおいて、IT部門と事業部門のメンバーを混在させたチーム編成を行うことで、多角的な視点からの問題解決が可能になります。


経営層によるリーダーシップ

経営層自らがDX戦略をリードし、組織全体で一貫した方向性を示すことが極めて重要です。トップダウンでDXの重要性を発信し、全社的な取り組みとして位置づけることで、社員の意識改革を促進できます。

 

また、経営層自身のITリテラシー向上も欠かせません。デジタル技術の基本的な理解がなければ、適切な判断や指示を出すことは困難です。そのため、経営層向けのITリテラシー教育プログラムを実施し、デジタル変革への理解とサポート体制を強化することが重要になります。

 

さらに、経営層がデジタル人材の育成に積極的に関与することも大切です。例えば、社内のデジタル人材育成プログラムに経営層自らが講師として参加したり、メンターとして若手社員を指導したりすることで、組織全体のデジタルスキル向上に貢献できます。

 

加えて、経営層は外部のデジタル専門家や先進企業とのネットワーク構築にも注力すべきです。業界を超えた交流や情報交換を通じて、最新のデジタルトレンドや成功事例を学び、自社のDX戦略に活かすことができます。


自主学習の促進

急速に進化するデジタル技術に対応するためには、社員が自発的に学び続ける環境を整備することが不可欠です。

 

まず、社員が自分のペースで学べるオンライン学習環境の提供が重要になります。Udemyなどのオンライン学習プラットフォームと提携し、社員が無料で受講できる環境を整えることも効果的です。

 

これにより、各社員が自身の興味や業務に合わせて、必要なスキルを柔軟に習得できます。また、社内独自のeラーニングシステムを構築し、自社の業務に直結した内容を提供することも有効です。

 

次に、社員同士が知識を共有し合うコミュニティの形成も重要です。Slackなどのコミュニケーションツールを活用し、テーマ別のチャンネルを設けることで、社員が自由に質問したり、知見を共有したりできる場を作ることができます。また、定期的なオンライン勉強会や社内ハッカソンの開催も、社員同士が刺激し合い、学び合う機会として効果的です。

 

さらに、業界の最新動向や技術情報を定期的に配信することも、自主学習を促進する上で重要です。例えば、週1回のニュースレターで、AI、ブロックチェーン、IoTなどの最新トレンドや事例を紹介することで、社員の興味を喚起し、自発的な学習につなげることができるでしょう。


デジタル人材育成に取り組む企業の事例

デジタル人材育成における企業の取り組み事例を知ることは、効果的な人材育成戦略を構築する上で重要な意味を持ちます。

 

他社の成功事例から、具体的な施策やアプローチ方法を学び、陥りやすい課題や注意点を事前に把握できます。これにより、自社での取り組みをより効率的に進めることができるでしょう。

 

特に、同業界や同規模の企業の事例は、自社に適した育成方法を見出す上で貴重な参考となります。既存の取り組みを自社の状況に合わせてカスタマイズすることで、より効果的な育成プログラムを構築できます。


ダイキン工業株式会社

ダイキン工業株式会社は、デジタル人材育成において先進的な取り組みを展開しています。同社が2017年に設立した「ダイキン情報技術大学(DICT)」は、大阪大学との産学連携により、高度なAIスキルを持つ人材の育成を目指しています。

 

DICTプログラムの特徴は、その規模と集中度にあります。毎年、新入社員から約100名を選抜し、2年間にわたる集中研修を実施しています。この間、選抜された社員は通常業務から離れ、研修に専念できる環境が整備されています。これは、デジタル人材育成に対する同社の強いコミットメントを示しています。

 

カリキュラムは、AIやIoTの基礎から実践的な演習まで、段階的にスキルアップを図れるよう設計されています。理論だけでなく、実務に直結した教育を提供することで、即戦力となるデジタル人材の育成を目指しています。

 

参考:ダイキン工業株式会社「統合報告書2023」


キリンホールディングス株式会社

キリンホールディングス株式会社は、デジタル人材育成に向けた革新的なアプローチを展開しています。同社が2021年7月に開始した「キリンDX道場」は、デジタルリテラシーとスキル向上を目的とした包括的なプログラムです。

 

このプログラムの特徴は、社員のスキルレベルに応じた3段階のコース設計にあります。「白帯」(初級)、「黒帯」(中級)、「師範」(上級)と呼ばれるこれらのコースは、社員が段階的にデジタルスキルを習得できるよう工夫されています。

 

キリンDX道場の特筆すべき点は、単なるデジタルスキルの習得にとどまらず、ビジネス課題の解決にデジタル技術を活用できる「ビジネスアーキテクト」の育成に注力していることです。これにより、技術とビジネスの両面を理解し、実際の業務改善や新たな価値創造につなげられる人材の輩出を目指しています。

 

プログラムの内容は、外部のデジタルトレンドに合わせて定期的に更新されます。また、受講者が継続的に学習できる仕組みを構築することで、デジタルスキルの定着と向上を図っています。

 

参考:キリンホールディングス株式会社「DX人材育成プログラム「キリンDX道場」を7月から開校」


日清食品ホールディングス株式会社

日清食品ホールディングス株式会社は、デジタル人材の育成に積極的に取り組んでいる企業の一つです。同社は「DIGITALIZE YOUR ARMS(デジタルを武装せよ)」というスローガンを掲げ、2019年から従業員のデジタルリテラシー向上に注力しています。

 

特筆すべきは、同社が立ち上げた「DIGITAL ACADEMY」です。このプログラムは、社員のデジタルスキル向上、業務効率化、そして革新的なアイデアの創出を目的としています。アカデミーでは、「デジタルリテラシー」「アプリ活用」「システム開発」「データサイエンス」「生成AI」「デザイン思考」「プロジェクトマネジメント」という7つの重要領域をカバーしています。

 

さらに、日清食品ホールディングスは、デジタルスキルの習得を単なる技術的な側面だけでなく、ビジネス思考やプロジェクト管理能力の向上とも結びつけています。デザイン思考やプロジェクトマネジメントの領域を含めることで、デジタル技術をビジネス課題の解決や新たな価値創造に結びつける能力の育成を目指しています。

 

参考:日清食品ホールディングス株式会社「人材開発」


DX推進にはデジタル人材の確保が急務

DXを成功させるためには、デジタル技術に精通した人材が不可欠です。しかし、単なる技術力だけでは不十分であり、高度なITスキルとビジネススキルを併せ持つ人材が求められています。これらの人材は、技術の可能性を理解しつつ、それを実際のビジネス課題の解決や新たな価値創造に結びつけることができます。

 

デジタル人材の確保には、外部からの採用と社内での育成の2つのアプローチがあります。外部採用は即戦力の確保には有効ですが、競争が激しく、コストも高くなる傾向があります。一方、社内育成は時間がかかるものの、自社の文化や業務に精通した人材を育てられるという利点があります。

 

社内育成の利点は、単にスキルを習得するだけでなく、自社の事業や課題に直結したデジタル人材を育成できることです。これにより、DXの取り組みがより効果的かつ効率的に進められる可能性が高まるでしょう。

 

さらに、デジタル人材の育成は、組織文化の変革とも密接に関連しています。デジタル技術を活用したイノベーションを促進するためには、失敗を恐れずチャレンジする文化や、部門を超えた協働を奨励する風土が必要です。